デンマークの首都コペンハーゲンには、世界各国の大手百貨店バイヤーが動向を注視しているパティスリーがあります。
お店の名はLeckerbaer(レッカーベア)。一口サイズの小さなお菓子が「かわいい」と評判を集め、2019年には名古屋高島屋の『北欧展』にて日本デビュー。初めての出店であるにもかかわらず、会期中に多くのリピーターを獲得しました。
その後、新型コロナウイルスの影響で延期にはなったものの、日本全国の百貨店から多数のオファーが舞い込みました。
さらに、シンガポールには常設店も進出済み。百貨店内のブティックと路面店の2店舗以外にも、2023年には3店舗目が完成予定です。
デンマークの国土は日本で言う九州くらいの大きさ。そんな、小さな国の小さなお菓子が、世界へ躍進を遂げたのはなぜでしょうか。
きっかけは「クッキー缶」
店のドアを開けた瞬間、ふわっとかおるバターの香り。北欧らしいあたたかみのある木の家具に、洗練された内装。
ショーケースの中に並べられた愛らしいケーキの数々に胸をときめかせていると「多いときは、1日で2000個くらいつくるの」と、パティシエのギャビーさん(写真左)は話します。
レッカーベアはデンマークの首都コペンハーゲンの中心地から、電車で15分ほどの閑静な住宅地に店舗を構えています。コペンハーゲンを訪れる観光客はもちろん、近隣に住む人、そしてデンマーク国内の遠方から車で訪れる人も駐車がしやすいよう、広い道路があるこの地を選んだのだとか。
その予想は見事的中。店頭販売分はもちろん、ウエディング、企業のレセプションパーティーなどでも連日注文が入る人気店となりました。
レッカーベアのショーケースに並ぶケーキやタルトは、1〜2口で食べ切れるサイズと、やや小ぶり。
ギャビーさんと同じく店のパティシエでもあり、夫でもあるヤコブさん(写真右)は「そのほうが、たくさんの種類を食べられるでしょう?」とにっこり。
「もともとこのお店は、一口サイズのクッキーが詰まった『クッキー缶』をつくることからスタートしたんです」(ヤコブさん)
クッキー缶とはその名の通り、缶にバタークッキーを敷き詰めたものです。デンマークの人々にとって、クッキー缶はとても身近な存在で、デンマークのスーパーで買い物をしていると、大きさや形もさまざまなクッキー缶を見かけます。
最近では日本でもパティスリーや専門店のクッキー缶が人気を集めていますが、デンマークで主流なのは、スーパーで購入できるような手軽なものです。クッキー缶のふたを開けると、中には型抜きクッキー、絞りクッキー、プレーンにチョコフレーバーなど形や味わいもさまざまなクッキーが敷き詰められています。
レッカーベアはそんなクッキー缶にヒントを得て、ちいさなお菓子づくりを始めたそう。
「選び抜いたバターや小麦粉を使って、自分たちのオリジナルのクッキー缶をつくったらどうなるんだろうと考えたんです」(ヤコブさん)
「一般的に、デンマークのクッキー缶はバターやチョコチップなどシンプルな味のものが多いんです。そこで、私たちのクッキーはラズベリーやゆずといったフルーツを使って季節感を出したり、チョコにディップしたりと、アレンジも加えました」(ギャビーさん)
ヤコブさんとギャビーさんは、「デザート界のピカソ」と称されるスペインの高級チョコレートショップ「Oriol Balaguer(オリオール・バラゲ)」での修行経験をお持ちです。バルセロナにアトリエを構えるオリオール・バラゲは、チョコレートを主役にしながらも、わさびやゆずといったフレーバーも巧みに利用し、その味わいの奥深さから多くの人々を魅了してきました。
レッカーベアのクッキー缶もそのエッセンスを取り入れて、素材本来の味を大切にしながらも、ラズベリーやゆずなど、季節に応じて楽しめるお菓子を提案しています。
シンプルがいちばん難しい
レッカーベアの現在の人気No.1のスイーツは「PASSIONS FRUGT(パッションフルーツ)」。アーモンド生地の土台に甘酸っぱいパッションフルーツのクリームが絞られ、頂点には愛らしいメレンゲが飾られています。生地、クリーム、メレンゲと、3つの部材のみを使用した構成です。
「組み合わせをシンプルにすればするほど、ごまかしがきかない。隠しごとができないから、シンプルがいちばん難しいんです」(ヤコブさん)
バターと小麦はデンマーク産を採用。店の中いっぱいに広がる、甘く、芳醇な香りの正体は、このデンマーク産の発酵バターのようです。
「パッションフルーツという名前のケーキをつくるのなら、最終的にその素材を体現している味を目指しています」(ギャビーさん)
フルーツは、フランスから取り寄せることが多いといいます。素材それぞれの味を引き立てるために、レッカーベアでは保存料、香料、着色料は一切使用していません。
スイーツの色づけには、フルーツのピューレやドライフルーツの粉末を採用しています。そのため、少しくすみがかった、奥行きのある色合いに仕上がっているのが特徴です。
「それが美味しいものをつくるための、まっすぐな方法だと思っています」(ヤコブさん)
すすめられ、『パッションフルーツ』を一口頬張りました。
アーモンドがふわりと香る土台の生地がほどけたら、甘酸っぱいパッションフルーツクリームが口いっぱいに広がります。その酸っぱさに思わずきゅっと舌が痺れますが、ほんのり甘いメレンゲがやさしく口の中を包み込んでくれました。
やわらかな風味と甘さ、そしてフルーツのストレートな酸味……。混ざりっ気のないレッカーベアのスイーツは、とても「ピュア」な味わいです。
ケーキの日持ちは当日までですが、クッキー缶は2か月ほどもつといいます。
「缶が優秀なの。品質をキープするために、クッキーには防腐作用のあるりんご酢を使っています」とスタッフの方。
――日本でもレッカーベアのお菓子を味わいたい……。
気がつくと、筆者はクッキー缶を2缶も購入してしまいました。
取材・文・写真:土橋水菜子
コーディネート:ウィンザー庸子